自分の車を愛すれば愛するほど『もっと速く走りたい』『もっと力強く走りたい』『自分だけのオリジナル仕様に仕上げたい』など思い始めるものです。

  そこで現在工具を何も持っていないけど、クルマやバイクをいじりたいという人が初めて工具を揃える時には、どこで、どんな物を揃えればよいのでしょう?ラチェット1本何万円もする外国産の高級品をいきなり揃えるのもいいですが、「工具コレクター」でもない限りは、まずは手頃な価格のもので試してみてからでいいでしょう。
ホームセンターや量販店などで販売されている1980円あたりの工具セット。家庭用常備工具としては安くて機能的にも十分なものかもしれないがクルマやバイクのメンテナンスにおいてはこの手のセットでは少し不安です。
  本来工具というものは整備するための道具のため、高価な工具を買い揃えたり、たくさん揃えているだけでは自慢できないものなのです。しかしホ−ムセンタ−や量販店で販売されている1、980円あたりのボリュ−ムあるセットを購入するのも考えもの。この手の安いセット品を購入しても“安物買いのなんとか”で逆に高くついてしまうケースがしばしばあります。というのは、すぐにラチェットのギアが破損したり、ソケットが使用中に割れたり、サイズがあわずに使えなかったり、また相手のネジを傷付けてしまったりすることがあるからです。

  やはりはじめからよい工具を持つためには、工具プロショップと呼ばれているところで購入するのがよいでしょう。長年付き合うものになりますので、じっくりと目で見て手にとって触って、また適切なアドバイスも受けながら自分にとっての最良の工具を選ぶことが肝心なのです。

  それではなぜ安いセット品は、通常の使い方をしていたのにもかかわらず、すぐに破損してしまうのでしょう。結論から言えば、これはハンドツールの素材(材料)と熱処理の問題に深く関係しているということです。つまり使用材料が悪く、適切な熱処理を施していないことが破損する大きな要因のひとつというわけです。外観上はピカピカに光っていて美しくても、またご家庭の常備工具としては全く問題なく使用でき便利なものでも、クルマやバイクのメンテナンスの使用には強度的に耐えれないということです。

  そこで大切な愛車をメンテナンスするハンドツールが、“いったいどんな材料で作られているのか?”読者のみなさんのだれもがきっと気になるところでしょう。
「東京は秋葉原、大阪は日本橋。どちらも巨大な電気街。
大阪日本橋の電
気街の一角に工具屋さんがきっしりと並んだ
狭い通りがあります。ここに行くと外国産の高級品から
国産品までたいていの工具は揃っています。扱われている
工具の種類も自動車、機械工具用工具、各種電動工具ほか
その量は半端ではありません。一日いても飽きない場所です。」
所狭しと工具類が陳列さています。とにかくその品揃えには驚きの一言です。





※炭素はもともと軟らかいものだが、
鉄の中に入るとセメタイト(Fe3C)という化合物になります。
ハンドツールの材料はいわずと知れた『鉄』ですが、元素記号でいう“Fe”純鉄というわけではありません。それは“Fe”純鉄の場合には熱処理を施しても硬くならないからです。そこで鉄の元素に“C”炭素(カーボン)を、およそ0.03%から2.1%入れたものがハンドツールの多くの材料〈Fe+C〉となるわけです。この状態のものを鉄と区別して鋼(はがね)と呼びます。炭素というものは、もともと軟らかいものですが、鉄の中に入るとセメンタイトという化合物になります。

  炭素がこの化合物になると15倍に増強、つまり15人力を発揮するようになるわけです。このように鋼は鉄より硬いのですが、さらにこれを熱処理すると硬さが2倍から3倍にも増強します。このように鋼つまりハンドツールの材料にとって熱処理とは、硬さを決定する上で非常に大切なプロセスになるわけです。一般に鋼の含有する炭素の濃度が高ければ高いほど(ある一定以上は同じ)熱処理した場合に硬くなります。とはいっても多ければよいというものではなく、コストも一緒に高くなるし、あまり多すぎるとかえって脆くなってしまいます。鋼が熱処理によって増強されるには、炭素が0.4%以上あることが必要であり、鋼の大部分がこれにあたります。ここでクルマやバイク用のハンドツールとは違うのですが、普通の刃物には、0.9〜1.0%の鋼が使用されます。つまり刃物に使われる金が刃金(はがね)、すなわち鋼というわけです。しかし学術的には次のように分類されています。
●共折鋼・・・・・・炭素含有率が約0.77%のもの
●亜共折鋼・・・・炭素含有率が0.77%より少ないもの
●過共折鋼・・・・炭素含有率が0.77%より多いもの

左記のように炭素のような鉄鋼材料に含まれる科学成分(元素)のことを合金元素と呼びます。この合金元素は、熱処理をする上で最も重要なもののひとつですが、炭素の他にも代表的な合金元素には次のようなものがあります。
●モリブデン(Mo)  ●クローム(Cr)  ●バナジューム(V)

もちろんハンドツールの各アイテムやメーカーによっても、これらの材料の中身については、熱処理も含めて企業秘密となっているところの部分が多いわけです。ここでJIS規格(日本工業規格)で定められている材料の種類を紹介しますと、例えばモンキーレンチでは、“S45C”または“S55C”と規定しています。『S』はスチール(鉄)、『C』は炭素(カーボン)を示しており、『45』というのは0.45%炭素が入っていますよ。という意味です。

  またソケットは“SCM435”と規定しています。『S』はスチール(鉄)『C』はクローム(Cr)、『M』はモリブデン(Mo)を表しています。しかし差込角8分の3インチ(9.5mm)のソケットには、JIS規格(日本工業規格)というものがありません。それにJIS規格そのものは日本だけの規格であって、実際には海外メーカーや日本国内のメーカーにおいても、JIS規格で定められている品質と同等か、それ以上の材料を使っていることも多くあります。

  炭素等の合金元素は、さまざまな特長を持ち熱処理に大きな役割をもつと説明してきましたが、その熱処理にもいろいろな種類があります。簡単に紹介しますと、「焼きなまし」「焼きならし」「焼き入れ」「焼きもどし」の4工程です。これらが熱処理の基本型でありその代表選手が「焼き入れ」と呼ばれるものです。

●「焼き入れ」は、
鋼を硬くするために行う熱処理です。その方法は鋼をある所定の温度に加熱保持した後、急速に冷却します。ここで所定の温度とは、鋼のもつ炭素濃度でほぼ決定され、加熱保持とはその物の大きさ、冷却速度は鋼の含む特殊元素によって決定されます。また焼き入れだけでは、製品として使いものにならず、次の焼きもどしが不可欠となります。

●「焼きなまし」は、
鋼の分子を調整し鋼を軟らかくするために行う熱処理です。焼鈍(ショウドン)とも呼びます。

●「焼きならし」は、
鋼を標準状態つまりノーマルな状態にするために行う熱処理です。

●「焼きもどし」は、
焼き入れしたものは、硬いけれど脆いという欠点がありますので、これを粘り強くするためにあぶり返すという熱処理です。

 クルマやバイクいじりのためのハンドツールというものは、文字通り手の延長のように馴染み、しかも頑丈でなければ使いものになりません。見た目だけの美しさだけでは、けっして良い工具とは言えなく、その強度には材料や熱処理が深く関係しています。もし格安工具というものが、材料や熱処理に関して手ぬきがあれば、その製品の精度・強度・耐久性に問題が発生してしまいます。例えばソケットが使用中にいきなり割れたり、ボルトをなめたりすると大変危険なことになります。国内外の信頼のできるブランド品は、タフでありながら工具本来の機能美というものを兼ね揃えているわけです。

  また上でハンドツールの材料が〈Fe+C〉の鋼だと言いましたが、実はこの鋼だけではありません。つまりステンレスアルミニウムあるいはチタンなど従来にはない新しい素材を使った商品もこの世の中にはあるということです。そこでこれらの新素材を使ったハンドツールについて以下に説明します。

■熱処理の種類
☆焼なまし
  鋼の分子を調整し、鋼を軟らかくする熱処理。
  焼鈍(ショウドン)とも呼ぶ。
☆焼ならし
  鋼の標準状態、つまりノーマルな状態にするために
  行う熱処理。
☆焼入れ
  鋼を硬くするために行う熱処理。しかし焼入れだけ で 製品として使いものにならず焼もどしが不可欠で す。
☆焼もどし
  焼入れしたものは、硬いけれど、脆いという欠点が
  あります。これを強く粘くするために、アブリ返す これが焼もどしです。



●ステンレス
機械工具のマーケットで有名なTONE(前田金属工業株式会社)からサスツールというコンビネーションスパナが販売されています。サスというのは、JIS(日本工業規格)の材料表記記号でSteelUse Stainlessの略字からSUS(サス)と呼ばれています。ステンレスと一口にいってもいろいろありますが、一般にステンレス鋼というものは、性質上ねばいために切削抵抗が大きく加工が難しく、また強度面やコスト面の問題もあり商品化するのが非常に難しいと言われていました。しかしサスツールのコンビネーションスパナは、強度的にもJISのめがねレンチ、やり形スパナの規格をクリアーさせました。それに何よりステンレスの高い防錆力という最大のメリットがあるため、特にマリン関係や医療関係で活躍の場を得ています。
●アルミニウム
アルミニウムを利用したものは、新潟県のALUTOOL(アルツール)というものがあります。こちらの素材は、アルミに銅、マグネシウム、クロム、亜鉛などを加えた〈A7001アルミ合金超々ジュラルミン〉と呼ばれるもので、航空機の構造部材などにも使用されています。アルミを素材とした単体の工具は以前にもあったのですが、このアルツールは新潟県が計画したプロジェクトで、一つの工具に対してその製造を得意とする一社に発注する形で開発を始めたものです。つまり新潟県作業工具組合で開発した超々ジュラルミン製工具シリーズのブランド名がアルツールというわけです。現在の参加企業は10社、収納用ホルダーを含めて12アイテムがラインナップされています。アルツールは、アルミ合金を素材とすることでこれまでにはない軽量化を実現したことや、独特のフォルムと暖かみのある使用感が特徴的です。高い場所や長時間の作業あるいは、重い工具を常に持ち歩かなければならない人にはお勧めできる商品です。従来の鋼製の工具というものは、軽量化するためにボディーの肉を薄くしたり、また穴を開けたりして軽量化を追求したデザインになっていましたが、アルミ合金という特殊な素材を使うことによって、強度のことも考えて全体に肉付けしたような丸みをもったデザインが親しみやすく印象的です。さらに強度面については、ネジ等の接触面にはアルミ合金とは違う素材を使っています。例えばラチェットレンチのソケット部やドライバーの軸部は、クロームバナジューム鋼を使用しています。つまり耐久性と軽量化の両立を実現したものになっているわけです。
新潟県作業工具共同組合で開発されたアルミ合金製(超々ジュラルミン)作業工具シリーズのALUTOOL(アルツール)これまでにないデザイン性と軽量化を実現!

●チタン(Titanium)
ステンレスと同じくTONEよりチタンツールというコンビネーションスパナと、ko-ken(山下工業研究所)より、チタン合金製のソケットレンチセット(ソケット・ラチェットハンドル・その他アクセサリー)が販売されています。両者とも従来品の鋼製のものと比べて約60%と大変軽量であり、耐食性にも大変優れているため、海水や低濃度の薬品に対しても腐食しません。また非磁性のため強力磁場のある場所(医療関係、発電所など)でも磁力に影響されることなく作業することができます。また磁化しないので電子機器類にも悪影響を与えることがないというメリットもあります。多くのメリットがあるチタンですが、価格の方はかなり高価なものとなっています。ちなみにTONEのコンビネーションスパナの8、10、12、13、14、17、19mmの7本組みで98,000円。ko-kenのソケットレンチセットは、18ピースで何と399,000円です。

そんな高価なチタン材料も従来の航空宇宙や化学工業などの分野のみならず、メガネ、時計、ゴルフ用具など身近なものや、スポーツ用品、自動車、自転車、コンピュータなどにも使用されるようになり、最近では一般に知られるようになってきました。軽くて強くて耐食性がよいなどチタンは材料特性が良いこと、また原料としての酸化チタンが多量に地核中に存在することから、今後もっと各分野で需要が高まってくるでしょう。

 上記のようにハンドツールの素材というものは、鋼以外にもいろいろな素材を利用したものや組み合わせたものがあるわけです。また今後はさらに新素材へのアプローチも進んでいくことは間違いありません。確かにステンレス、チタン、アルミ合金など素材としたものは、それぞれに特長があり魅力的な商品ではありますが、現状の価格では高価すぎてご自分の愛車の整備にはなかなか手を出しにくいというのが正直なところだと思います。しかし素材の開発と加工技術の進歩とユーザーのみなさんの期待と要望があれば、価格の方もきっと手頃なものとなってくるでしょうし、素材の変化によって今までにはない画期的なデザインのものが生まれるかも知れません。現在あたりまえのように使っているハンドツールも近い将来には形を大きく変えているかもしれません。そのようなことになればハンドツールの世界もよりいっそう深く、もっと楽しいものとなるでしょう!