ご自身の愛車をメンテナンスする時、ビギナーによくあるトラブルのひとつにボルトやナットの締め付けの不具合があります。
例えば、締め付けが弱いと回りの振動などの影響で自然と緩んでしまったり、逆に強すぎるとパーツの破損や重大なトラブル発生の原因にもなってしまいます。こういった状況を防ぐためにもボルトやナットを規定のトルク値できっちりと締め付けたり、また規定通りに締め付けられているかを確認する必要があります。これらのトルクを管理するための計測ツールがトルクレンチです。
やはり正確なメンテナンスにはトルクレンチでしっかりとトルク管理をする事が大切だと言えます。

そもそもボルトやナットにはすべて規定の締め付けトルクというものがあります。
また非常に厳密な事を言えばこの締め付けトルクは摩擦力によっても変わってきます。
すなわちネジとネジ山が接触する面積や座面の面積そして浸透性潤滑スプレーを散布することによっても必然的に変化すると言うわけです。
しかしあらゆるネジに対して、いちいちトルクレンチを工具箱からひっぱり出してきて、締めつけるような事をしていたらいくら作業時間があっても足りません。
大抵の場合には、自分が締め付けるトルク感と経験をもって処理していることでしょう。しかしここで手締めのトルク感がメンテナンス初心者とメンテナンスに慣れている人との差が出てくるところです。ベテランのメカニックともなると自分の腕自身がトルクレンチとなり、ほぼ規定通りのトク値に正確に締め付ける事もできるようになります。これは永年使い馴れた愛着あるハンドツールとその経験による何ものでもありません。しかしここまでの域に達するにはかなりの経験が必要です。

やはり肝心な部分にはトルクレンチを使用した方が懸命でしょう。この肝心な場所というのは、例えばエンジンまわりやシリンダーヘッドボルト、各種プラグ類、そして足まわり関係等が具体的なところです。つまり、ネジのゆるみ、または締めすぎによって、重大なトラブルが発生してしまう恐れがある場所やシビアな締め付けトルクが要求されているような場所では、勘に頼ることなくトルクレンチで正確に締め付ける必要があるということです。

そもそもトルク(Torque)というのは、古代ローマ人がラテン語の「巻くとか回転させるというトルケーノ(Torquere)」から来ていると言われています。一般的には締め付ける『力』といった意味合いで使われますが、正確には力の入れ具合と長さ(距離)に密接な関係があり、

トルク=『力』×『長さ』
という式が成立します。

例えば、長さ20cmのスパナで5kgの力をかけたときのトルクというのは、
5kgf×20cm=100kgf・cm
となります。(ここでの「f」は、英語でいうforceの略語です。)
また100kgf・cmのトルクをかけるには、
100kgf・cm=5kgf×20cm=2kgf×50cm=1kgf×100cm
ということになります。

したがってテコの原理と同じように加える力が同じであっても柄の長さが2倍になれば加えられる力も2倍になってくるということです。このため使う工具の柄の長さが変われば力の入れ具合も調整する必要があることに注意して下さい。すなわち同じ10mmのボルトやナットをトルク5kgf・cmで締め付けるのにも、3/8と1/2インチ差込角の異なった長さのハンドルを使用するのでは、それに対してかける力も変わってくるということです。

 

トルク=『力』×『長さ』という式が成立します。
Fは、英語でいう「force」の略語。

また今まで日本でのトルクの単位表記というものは、kgf・mやkgf・cmと言ったJIS単位(重力単位)が一般的で車やバイクの整備マニュアルにも使われていました。しかし1998年の10月よりSI単位(ISO国際規格単位)のN・m(ニュートンメーター)を使うことになりました。ニュートンメーターはみなさんもご存じの万有引力の法則を発見したニュートンの名前から来ていて一定加速度(1m/cm2)を加味した単位と言うことになります。しかし単位の切り替えによっての使用上の大きな問題はありません。

次に単位の換算を説明しますと、
1m=100cmつまり1kgf・m=100kgf・cmということにな り、例えばクルマのホイールの締め付けトルクで言うならば、
約10kgf・mといえば1000kgf・cmになりますので、単位の表示に注意して下さい。

さらに
kgfとN/mニュートンメーターの換算は、
1kgf・m=9.807N/m、
1kgf・cm=0.09807N/m、
1N/m=0.10197kgf・m、
1N/m=10.1972kgf・cm
となります。

つまりkgf・mの約10倍がN・mと考えればいいわけです。これで誤差は約2%ぐらいなので実際のメンテナンスにおいてはさほど気にするような数値でもないはずです。1998年10月以前に製造されたkgf・m単位のトルクレンチを現在使っていてもこうした換算を行う事で問題なく使用できます。




上の表は、ボルト・ナットの強度区分と標準締め付けトルクの表です。数値は参考数値になりますので正確な数値は各マニュアルをご覧ください。

そこで実際に車やバイクのメンテナンスに際してボルトやナットの締め付け作業をする場合、その条件によって必要な締め付けトルクの数値が変わってきます。
すなわち金属素材によって強度の低いボルト・ナットには低いトルクしかかけることができず、逆に強度の高いものには大きなトルクを与える事ができるわけです。

車やバイクの強度が求められているところでは、
一般的な工業用よりグレードの高い7T(1.8T系列)のネジを使っている事があります。
ネジの頭のてっぺんをよく見ると「7」の数字が記されています。
これが強度区分なのです。
(何も記されていない場合は4Tと判断します。)

つまり車やバイクの強度を求めて7T(1.8T系)強度区分のボルトやナットを使っているネジには、その適切なトルクで締め付ける必要があり、
また呼び径・首下の長さ・ピッチがたとえぴったり同じであっても安易に一般用のネジに変更してはいけないということです。

しかし素材とトルクの関係が理解できればネジの締め方というのも自ずと理解できるはずです。素材の軟らかいアルミのヘッド部分の締め付けで力を入れ過ぎて破損させてしまったり、逆にネジ径が太く強度が必要な場所で締め込みがあまくなるのも防げるのではないでしょうか?


またトルクレンチは、使う場所や用途によっていくつかの種類があります。
それでは以下に代表的なものを紹介します。

●単能型

決められた一定のトルクだけで締め付けるトルクレンチ。
組み立て等の同じトルクで締め付ける作業に向いていて、車やバイクの整備には向いていないと言えます。

●直読型
直読型というのはトルクレンチ自身に目盛りが付いていてそれを見る事により締め付けトルクを読み取るものです。また直読型の中にもビーム式(別名バー式)とダイヤル式があります。ビーム式は、かつては、トルクレンチと言えばこれのことというぐらい主流の商品であり、バーのしなり具合でトルクを測定するもので、なにより価格も安いというのが最大のメリットでした。しかし力をかけた時に手が震えたりして、針の目盛りが読み取りにくいという欠点もあります。
ダイヤル式は、その名もずばり、ダイヤルで締め付けトルクを教えてくれて、置き針式なので、ビーム式のように手が震えたりして針の目盛りが読み取りにくいということはありません。いずれのタイプもシンプルな構造で耐久力も高く、正確性も高いため他のトルクレンチの検査用としても使う事ができます。但し形状が大きいため作業性はあまり高くありません。

上のイラストは直読型のトルク機器の代表例です。
上図:ビーム式(別名バー式)
下図:ダイヤル式


●プリセット型
各メーカーによって形状こそ異なりますが、一般的な使用方法としては、ハンドルのグリップエンドにあるロックを解除し、締め付けたいトルクに目盛りをセットして、再度ロックして後は、『カチッ』というクリック音がするまで、ハンドルを回転させるだけです。クリック音が確認できれば、設定トルクの締め付けが完了したということになります。手元でトルク設定が簡単に行うことができ、形状もスリムなためバイクやクルマの整備には最適なタイプと言えます。

トルク設定方法や使い方はとても簡単ですが、次の点には気を付けてください。まず締め方としてはある程度までボルトやナットを締め込んだ後、最後はゆっくりじわっと力をかけるようにして下さい。
もし勢いよく締め過ぎるとその加速度で設定トルクが狂ってしまう恐れがあるからです。また最初にお使いになるトルクレンチはいろいろなトルク値でクリック音の感覚を養って下さい。トルク設定がシビアな場所でクリック音を越えて使用し設定値以上のトルクが加えられた場合には過荷重によって重大な事故を起こしかねませんのでくれぐれも注意して下さい。

 

プリセット型のトルクレンチ。
設定したトルクに達すると『カチッ』というクリック音で締め付け完了を感知できるタイプです。車やバイクの整備に最適なタイプと言えます。

ところでトルクレンチを取り扱っているメーカーには、
国産では東日製作所(TOHNICHI)、中村製作所(KANON)、KTC、TONE、
海外では、スナップオン、プロト、ハゼットなどがあります。
そして各メーカーとも測定できるトルクの範囲が決まっています。
例えば、
測定範囲が2kgf・mから10kgf・mとか、4kgf・mから20kgf・mという具合に、それぞれ守備範囲があるわけです。また東日製作所の場合は、トルクは、4kgf・m、5kgf・m、7kgf・m、14kgf・mとトルクの守備範囲が異なっているものもあります。2ストロークエンジンのバイクのヘッドボルトは、だいだい200から240kgf・cmだから、 バイクの整備だけに限るなら1kgf・mから5kgf・mまでのタイプ。
一方、自動車の場合だと、だいたい800kgf・cmだから、もうひとつ上の2kgf・mから10kgf・mのタイプ。
また自動車のホイールは、だいたい1000kgf・cmだからさらに上の4kgf・mから20kgf・mまでをカバーしているものを選ぶ必要があります。トルクレンチは、他のハンドツールの値段とくらべると、かなり高価なものなので、整備作業の範囲をよく確認する必要があります。

また上記で紹介したトルクレンチの他にも小さなネジに対応したドライバー型のものや、トルクレンチ専門メーカー東日製作所からは市販の工具がたちまちトルクレンチに変身するというおもしろい製品(品番MT 70N)もあります。これは簡単に言えば手持ちのメガネレンチやスパナ等を本体のクランプ部分にくわえさせる事によって10〜70N・mまでのトルクの締め付けができると言うものです。特に狭い場所にあるボルトやナットのトルク管理には威力を発揮しそうです。


 

これからメンテナンスを本格的にはじめようとする人やプロの工具使いを目指す人にとっては、まずトルクレンチを使ってそのトルク感をしっかりと養う事が大切です。また市場には数多くの種類のトルクレンチがあり価格の方も2千円ぐらいの安価なものから5万円ぐらいの高価なものまで様々です。高価なトルクレンチはやはり精度や使いやすさや仕上げもそれなりのことはあります。

しかし安いトルクレンチが全く使えないと言うものではありません。日常的なメンテナンスや締め付けのトルク感を養うためには十分その力を発揮してくれるものです。もし現在トルクレンチを持っていない方はまず最初は安いプリッセット型の購入をお勧めします。そして次にシビアなトルク管理が必要な場所や検査用としてその誤差を確認するために別途ビーム式などの直読型のトルクレンチを購入し、それから安いプリセット型を現在使っているものよりグレードアップさせて買い替えるという順番が理想的とも言えるのではないでしょうか!